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二階幹事長・・・ 親中売国奴となった全貌を解説

政治家

 

皆さん、こんにちは。おっくんの政治ブログでございます。

 

突然ですが、二階幹事長(二階俊博)※以下、二階氏という政治家をご存じでしょうか。

聞いた事がある人がほとんどだと思います。

そして、好きな国民もほとんどいなんじゃないでしょうか。

 

今や、自民党の“最高実力者”と呼ばれる二階氏は

旅行代理店の全国組織・全国旅行業協会の会長を長年務める

「観光業界のドン」としても言われています。

そして、自民党きっての親中売国奴として名だ高い政治家です。

 

本日は、そんな二階幹事長の全貌に迫ります。

なぜ、ここまで親中売国奴として中国に媚び続けるのか。

生い立ちから今に至るまでの売国政治家の全貌を解説していきます。

 

政権入りまで

和歌山県で生まれた二階氏。

父は和歌山県議会員・母は医者であった。

中央大学法学部政治学科を卒業して代議士秘書を務めた後、

父の跡を継ぎ1975年の和歌山県議選で当選。

 

県議を2期つとめた後、1983年総選挙に自民党(田中派の候補)として初当選を果たします。

まさに、親中派のDNAと言っても過言ではない田中派です。

 

田中派とは日中国交正常化を実現した党で、派閥をあげて親中派がとても多い派閥である。

二階氏は田中派の出身なのである。

 

密接な中国との関係性の始まり

その後、自由党と小沢氏の側近の1人として頭角を現し、

1998年小渕内閣で念願の運輸大臣として初入閣を果たすのだ。

 

そして、本格的に中国に骨をうずめる動きを取って行くのです。

二階氏は航空会社や大手旅行代理店の社長ら旅行業者を

約2000人の大使節団を率いて中国を訪問するのです。

 

当時の、中国の最高権力者である江沢民国家主席は大喜びしたと言われている。

未だ発展途上と言われていた中国は日本との外交も力を入れていた。

日本との外交も重要としていた中国はこの訪問から二階氏を完全特別扱いが始まる。

 

今後、日本からは多くの政治家が訪中を行うが、

全員に「あなたは二階氏とどのような関係ですか?」と聞いたと言われている。

二階氏の中国での見られ方が大きく変わった瞬間である。

 

自民党での発言力の拡大

その後、日本国内ではどうだったのか。

2005年 自民党総務局長を務める事になる。

この年は、自民党郵政民営化を実現する年である。

 

この時の自民党総務局長だけではなく特別委員長も兼務している。

この特別委員長はまさに、郵政民営化を実現する際に責任者であったと言える。

 

この、時期から自民党内でも相当な力を持つことになる。

派閥も拡大していった。

 

ただ、順調だった政権遊泳も、そううまくはいかない。

 

2009年悪夢の民主党政権である。

当時、自民党は連戦連敗を喫す。

 

このタイミングで二階派は消滅するまでに陥っているのだ。

 

ただ、ただでは起きないのが二階氏だ。

2014年2次安倍政権発足時に二階派は再拡大することになる。

 

中国に媚びる二階氏

二階氏は政治力は〝数”と言い、派閥拡大に努める。

そして、2回目の総務局長を務めるのである。

 

驚異的な復活劇から、

2015年には二回目となる自民党議員・旅行関係者 3000人を引き連れて
習近平国家主席に訪問を実現することとなる。

 

これを期に訪日中国人が爆増していき、中国観光客での問題も大きくなり、

北海道の土地売買にも大きく介入することになるのである。

 

そして、2016年に幹事長に就任。

現在に至るというわけです。

 

最後に

二階氏は、大発展をとげる中国に媚びる事で、絶対的な中国とのパイプ役を担てきた。

その、圧倒的な市場・莫大な人材リソースを求める業界団体・企業の絶対的な支援のもと
日本国益を無視した政策を続け、ここまでのし上がってきたのである。

 

中国の発言力が上がる事で、自らの地位も上げる事を続け、

時には、日本の地位を下げる事につながる政策をもいとわない政治家であるといえよう。

 

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